小説家鈴木輝一郎のはてな日記

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2020年1月2日 日本そのものが限界集落化している

2020年1月2日 日本そのものが限界集落化している

先日の大晦日で痛感したよなあ、って話。

高齢化や老老介護、家族同時多発介護などは地方のほうが早く進む。拙宅の同時多発介護は20年前だった。時代を先取りしすぎて、いまでは電子書籍でしか読めないが。

少子化するとどうなるのか」ってのはいまひとつピンとこなかったんだが、早い話がこれ、「日本中が限界集落になる」ということに気づいた。左官コテの会社で得意先まわりをしていた頃、山奥の得意先の売上げが物凄い勢いで減っていったのを思い出した。売上げうんぬんよりも、「村から人がいなくなる」んだ。これは街なかにいるとわかりにくかったが。

大垣ルーテル教会では毎年大晦日の深夜、越年祈祷会ってのをやる。
元々は「初詣で年をまたぐとき、多くの人が神社仏閣に足を運ぶのに、キリスト教の教会は何もないのか」という教会員の人の意見があって始まったらしい。ぼくが通いはじめた頃には既にあって、ぼくは毎年参加してる。

で、毎年、参加している教会員さんが驚いた表情で、
「今年は道がすいているわねえ」
と。地元には南宮大社やらなんやら、おおきな神社があって、例年、渋滞してきた(だから越年祈祷会がはじまったわけだが)。それががらっがらだったという。
なにか大きな行事があるわけもない。それは要するに、
「人がいなくなったのでは──」
と。

知人が岐阜で人手を募集をかけたとき、さっぱり人が集まらなくて難儀したという。
「給料が安いからじゃないの?」
と軽口を叩いたら、真顔で、
「いや、人間そのものがいないんだ」
と答えた。

いま、この話を書こうとして「日本 都市 限界集落」で検索をかけたら、田舎の商店街あるある話がどさどさっと出てきて絶句しているところ。
家族同時多発介護が、田舎から大都市圏に移行するまで20年かかっているけど、大都市の限界集落化はもうすこし早くすすむ感じ、かなあ。

しかし、寒いと、考えかたがネガティブになっていかん。春よ来い。

 
ほどよく長生き 死ぬまで元気 遺産そこそこ 遺書はしっかり